量子論は実ヒルベルト空間じゃだめなの?(出題編)

複素数が実在(あるいは存在)するのかという話題がTwitter上で流行っている。 この議論は実在をちゃんと定義しない限りはなんとでも言えるだろう。 本記事では複素数が存在するのかどうかという話は置いておいて量子物理学において複素数は本質的なのかという議論を行ないたい。

量子物理学の世界では「複素」ヒルベルト空間という空間を中心に物語が展開されていく。 そういうルールに疑問を持った生徒とのお話を書いていきたい。 このお話は全てフィクションである。

量子物理学Bの講義後

僕はK大学で量子物理学を教えている。 今日の午前中に僕が担当している量子物理学Bであった出来事について書きたい。 量子物理学Bという講義は学部の3回生を対象にしている講義だ。 学生が半年前に履修したはずの量子物理学Aでは前期量子論という量子物理学が完成するまでの道筋や解析力学から量子化をして一次元の調和振動子や井戸型ポテンシャルの計算をしたりしている。 そんな計算にも慣れ始めたであろうところに、この量子物理学Bの講義で量子物理学の枠組みを教えるのだ。 今日の初回の授業ではヒルベルト空間や演算子の話をした。 やっぱりいくつかの計算を経験しているからといって、こういった数学的な枠組みを理解するのは難しい。 そもそも、僕だってこういった量子論の基礎を完全に理解してはいないだろう。 そんなことを思いながら90分という長い授業を終えた。 授業後、黒板を消していると一人の学生が質問に来た。 彼女の名前は水原原子(みずはらもとこ)。 履修者一覧をみていたら水素原子に空目してびっくりした。

水原「先生、量子物理学について質問があります。」

僕「なんだい?」

水原「量子状態というのは複素ヒルベルト空間のベクトルによって表されるということですが、なんで複素ヒルベルト空間じゃないといけないんでしょうか?実ヒルベルト空間じゃだめなんですか?」

こんな質問が来ることはめずらしい。 少し考えたのちに僕はこう言った。

僕「それは面白い質問だね。すぐには分からないよ。せっかくだから今からちょっと考えてみようか。時間は大丈夫かい?」

水原「ありがとうございます。このあと講義はないので時間は大丈夫です。」

実ヒルベルト空間の量子物理学

僕「まずは枠組みを順番にみていこう。」

水原「はい。」

僕「量子系に実ヒルベルト空間が付随している場合を考えるんだね。目指すゴールはこの場合に何かしら悪い振る舞い、すなわち非物理的な振る舞いをすることを導くことだ。

水原「わかりました。」

僕「まず、状態は実ヒルベルト空間の単位ベクトルだ。次に物理量を考える。もともとの量子物理学ではエルミート演算子だったが、実ヒルベルト空間の場合エルミート演算子に対応するものは対称演算子だ。もちろん、対称演算子もスペクトル分解が出来る。時間発展はユニタリ演算子の代わりに直交演算子を考えたらいい。ここで直交演算子のなす群$O(n)$が連結じゃないことが気になるが、まあ時間発展は$SO(n)$とするほうがいいのかもしれない。その場合は生成元が歪対称演算子でハミルトニアンみたいなものが出る。これは通常の量子力学の場合の生成元がハミルトニアンというエルミート演算子(の$i$倍が反エルミート演算子)であることに対応している。同様にしてシュレディンガー方程式に対応する方程式も作ることが出来るはずだ。」

水原「少し時間発展のところが気になりましたが、まあそんなには悪くなさそうですね。」

僕「少なくともこれらの範囲では理論は問題ないだろう。」

水原「じゃあ、実ヒルベルト空間形式の理論はあり得ると?」

僕「まだ、そう決めるのははやい。もう少し考えてみよう。こういう場合は単純な例から考えていくのが良い。つまり量子物理学ではスピン1/2の系というヒルベルト空間が$\mathbb{C}^2$の場合がもっとも単純だったように、$\mathbb{R}^2$の理論を考えてみよう。基底状態を$\left|g\right>$、励起状態を$\left|e\right>$としよう。2の単位ベクトルが許される全ての純粋状態だ。すなわち、$\cos\theta\left|g\right>+\sin\theta\left|e\right>$が純粋状態だ。」

水原「なるほど、量子物理ではスピン$1/2$の系の状態はブロッホ球という3次元の表現があると今日の授業で言っていましたが、実ベクトル空間の場合は2次元の円になるわけですね。」

僕「どうやらそうみたいだね。時間発展は$O(2)$$SO(2)$か、どちらが妥当かは議論していくとして、回転や鏡映変換が時間発展になっているという理解でよさそうだ。ある意味では量子物理の一部が実ヒルベルト空間の理論のようだ。」

水原「実数は複素数の虚部が$0$の場合ですもんね。」

僕「しかし、これでは当初の目的である実ヒルベルト空間形式の量子力学を否定することはできなかった。次回の授業までもう少し考えてみるよ。」

休み時間ももう終わりそうになっていたので、ここで一旦議論を終わりにすることにした。 さて、どうやって議論したらいいものなのか。 それとも、実ヒルベルト空間の理論というのは妥当な理論として残りうるのだろうか。 そんなことを考えながら居室に戻ってきた。

次回に続く。

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